普通じゃない人の、「普通」への憧れ

スポンサードリンク


半年前に書いた記事を書きなおしましたー!

進路や自分のことについて


 

人間について、「普通とは何か?」を説明するのは困難です。

障害や病気があれば普通ではないのか?

性的少数者は普通ではないのか?

無職は普通じゃないのか?

どんな場面かによって、個人によって、「普通」は違うと思います。

 

 

私は普通か? 

そもそも【定義】が分からないのでなんとも言えないのですが、

私は自分のことを、普通じゃない人だと思っています。

なんとなく、周りとの違和感を感じます。

自分よりマイノリティの人を見ようと思えばいくらでも見えます。

でも、だからって、自分の「普通じゃなさ」が慰められる訳ではありません。

私の違和感は違和感のままです。

 

 

「普通への憧れ」

みたいなものを、ずっと持っています。

それは多分、発達障害由来の「普通じゃない」感じが由来だと、1年くらい前に気づきました。

普通に他人と仲良くしたい、普通に週五日外で元気に活動したい、普通に社会人や公務員として働いてみたい、普通に結婚して普通の暮らしをしたい。

でも、出来ない、難しいように感じます。「多分、出来ない」という予想も含めてですが。

 

私は「普通」と「普通じゃない」の中間地点にいるように思います。

なんとか「普通」を演じれば、ものすごく努力をすれば、「普通」に近づけるような気がします。

一方で、「普通じゃない」を突き詰めれば、「普通じゃない」人として生きられると思います。

選べるところに位置しているような気がします。

 

 

どちらを選ぶか?

現在私は大学4年生です。

公務員になる人は、公務員試験の最中か、もう終わった頃だと思います。

教員になる人は、教員採用試験のラストスパートです。

一般企業に就職する人は、もう就職先が決まり、親睦会に参加したりしているようです。

大学院に進学する人は、いよいよ入試シーズンというところでしょうか。

他にもフリーターとしてしばらく生きる人、留年した人、仮面浪人中の人、休学中の人、留学する人…いろいろいると思います。

 

私は教育学部で、ずっと保健室の先生を目指してきました。かれこれ8年くらい。

でも、教員採用試験は受けない予定です。

私にとって、4年生大学を卒業してすぐに教員になることは、「普通」の生き方です。

私は、「普通」に近づくための努力を、とりあえず辞めることにしました。

「普通じゃない」を突き詰めようと思いました。

 

 

 

「普通」と「普通じゃない」の中間にいる私にとって、

 

「普通」に近づく=私の短所をなるべく消すこと

「普通じゃない」を突き詰める=私の長所を伸ばすこと

 

のように思います。

「普通」に近づこうとすれば、社会性を身に付け、変な考え方をやめ、現実に役立つ知識を詰め込み、仕事第一の時間の使い方をしなければなりません。

20代の若いうちからそんなに現実ばかり見なくてもいいのではないか、と思いました。

お金や安定、人目を気にして早くから就職しなくてもいいや、と思いました。

 

教員採用試験を受けなかった時の後悔と

教員採用試験を受けて、すぐに働けば働いたで「まだ就職しなきゃよかった。という後悔があるなら、

すぐに働いたという後悔の方が大きいのは、私にとって明らかです。

 

 

 

どの程度普通じゃないかにもよると思いますが、少なくとも私にとって、

「普通」に近づく=私の短所をなるべく消すこと

「普通じゃない」を突き詰める=私の長所を伸ばすこと

なのです。

 

20代前半の若いうちから、「なるべく短所を消す」なんていう消極的な生き方は嫌です。

粗くていいので、長所を伸ばしながら、雑にでもいいので前進するような生き方にしたいです。

微調整や丁寧さ、安定への努力はもっと大人になってからしようと思います。

普通への憧れ、さようなら

スポンサードリンク


ABOUTこの記事をかいた人

田舎暮らしの詩人 ななさま

どうぶつの森みたいな暮らしを目指して千葉の金谷に移住した新卒の詩人。noteとブログで生計を立てるために奮闘中。秋田出身で千葉大学18卒。収入源はアフィリエイトやライティング、note、パトロンさんなど。夏の間は秋田の実家と北海道に1ヶ月半滞在します。9月から畑を耕して半農半Xを実践します。