家がどこにも無い感じがする

スポンサードリンク


ここ最近、家がどこにも無い感じがする。ただ単に、人の家や見知らぬ土地の宿にばかり泊まってるせいもある。

だけど、家がどこにも無いような精神状態なのだ。

一言で言うと、帰属意識が無い。働き方の問題か、場所の問題か、その両方か。

フリーランスでシェアハウスに住んでいるので、当たり前といえば当たり前だ。でも、人は帰属意識をどこまでも求める生き物だと思う。

_____

去年までは帰属意識があった。千葉大学の教育学部の学生という帰属意識、児童相談所で働かせてもらっている帰属意識。どちらも割と「ちゃんとした」ところなので、自己紹介も楽だった。

フリーランス的な働き方をする人に会った時も、「(ライターでもブロガーでも無いし)あ、千葉大学の4年生で進路迷走中です」みたいなことを言っていた。

何に迷っても、どんなに迷っても、現状がクソでも、とりあえず「千葉大学の4年生」と言っておけば誰も突っ込んでこない。平凡でちゃんとした肩書きがあって、楽だった。

家は、西千葉の一人暮らしの家。そこが自分の家って感じがしたし、住所だって西千葉を登録していた。千葉大生はだいたい西千葉に住む。私は西千葉に住む。私は千葉大生である。そんな簡単な肩書きに助けられていた。

______

その前は、浪人生で東進衛星予備校に通っている「千葉大学を目指している」という肩書きで生きていた。浪人生は帰属意識が弱いポジションに見えるかもしれないけれど、「〜を目指している」という明確な意志があれば、肩書きは簡単に用意できる。

家は実家。住所の登録ももちろん実家。

______

そのまたもっと前は、秋田北高校の生徒。もっと前は中学校の生徒。小学校の児童。幼稚園の園児…。その前は意識があまり無いので、帰属意識も存在しない。

______

私は今、けっこう何にも所属していない。かろうじて「まるも」というコワーキングコミュニティには属している感じかもしれない。だけど、「まるも」というコワーキングコミュニティ(コワーキングスペース)の月額会員なだけであって、名簿に載っている訳でも、仕事をもらっている訳でも、チームに属している訳でも無い。

ただ単に、施設を利用する会員と言ってしまうことができる。(みんな優しいし話してくれるけれど。)

8月9月はまるも会員でさえないのだけれど。

_____

現在の住民票の住所は千葉県富津市、まるものあたり。シェアハウスに住民票を移している。

だけど、そこが自分の家か?と聞かれたら、「いや違う」と答える。シェアハウスはとても快適だし楽しいし大好きだ。それでもシェアハウスは仮の住まい感が強いので、一時的な住む場所としか思えない。家という感覚はない。

______

じゃあ、実家は家か?と聞かれたら、実家も仮の住まい感。

高校生までは間違いなく自分の家だったけれど、一度大学で離れてからは「逃げる場所」「避難場所」「親がいる場所」「最悪の場合住む場所」みたいな感覚。「自分が今、頑張る場所」では無くなってしまった。休息の、頑張らない場所になってしまった。だから、なんか違う。

______

家はどこだ?

住む場所はある。ホームレスじゃない。なんなら、泊めてくれる友達も全国にポツポツといる。かなり恵まれてる方だ。

だけど、家がない。

定住していないせいか?数年間は定住する気がないせいだろうか。

私の家はどこだろう。どこなら家と認識できるだろう。今、仮の住まいはどうして家と思えないのか?大学時代のアパートは、確実に家だったのに。

_____

「しばらくの間は確実に住む場所」と「わかりやすい肩書き」っていうのは、帰属意識そのものだ。家と職とでも言い換えれば良いのかな。

私の家はどこだろう。無い家を探して、フラフラさまよっている。今、自分の中にも外にも答えが無いことは知っている。

スポンサードリンク


ABOUTこの記事をかいた人

田舎暮らしの詩人 ななさま

どうぶつの森みたいな暮らしを目指して千葉の金谷に移住した思想家。収入源はライティングとブログ。秋田出身で千葉大学18卒。ヨーロッパで物書きしたい。児童福祉に貢献したい。記事寄稿/被写体します。