「ななさんは、書くことが好きですか?」

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うーん

好きかどうか聞かれたら、「普通」です。

好きと思ったことも、嫌いと思ったことも、おそらく無いですね。

8歳の頃からただひたすら書きまくっていたので、好きとか嫌いとかは無いです。

  • 「白米は好きですか?」
  • 「トイレをすることは好きですか?」
  • 「呼吸は好きですか?」

私にとって「書くことは好きですか?」という質問は、上記の質問と同じ類だ。

面白く無いですね。

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書くことは、苦痛には思いません。

私の日常で「書く」行為はいくつかあって、それは3種類に分けられます。

  • 情報として価値のある文章(ライティング、アフィリエイト記事)
  • 考えをまとめた文章(ちゃんとしたブログ、詩、短歌)
  • 脳みそ垂れ流しの文章(note、適当なブログ、大学ノートへの日記)

一番心が解放されて楽なのはもちろん「脳みそ垂れ流しの文章」ですが、それだけだと脳みそが疲れてきます。おまけにお金になりません。

情報として価値のある文章は、書くための労力が結構かかりますが、お金がもらえるし「自分はまともなことをしている」と自信が持てるので有難い存在です。

それぞれ別物だと思うけれど、どれも大切です。

それぞれに役割があるので、脳みそやメンタルを整えるためには3種類をバランス良く取り入れるのが重要だなぁと思います。

私はつい数ヶ月前まで、脳みそ垂れ流しの文章だけで生計を立てたいと思っていました。

今となっては、なぜそんなに、脳みそ垂れ流しの文章「だけ」で生計を立てたかったのか、その強すぎるこだわりはどこから来るのか?よく分りません。

0100思考なので、一度「~やりたいな」という欲求の芽が出ると、「やりたい」「やるべき」「やらなければいけない」まで考えが飛躍してしまうのです。それは何かを達成するには便利な思考ですが、本来の目的を見失いがちなので、達成した瞬間に「あれ、なんのために頑張ってたんだっけ?」となりがちです。

最近は、こだわりが無くなりました。

やりたいことを必ずしも「今すぐに」お金にしなくても良いのでは?と思うようになりました。

もちろん、最終的に(50歳とかになった時に)脳みそ垂れ流しの文章だけで生計を立てられてたら良いかもね、とは思いますが、今すぐそれを実現しなければいけない理由はわかりません。

今は、「苦痛の少ないこと」を収入源にしながら、たくさん時間を余らせて「好きなこと」に時間を費やしたら問題な、と思っています。

一言で言うと、収入源の比率と時間の使い方の比率は必ずしも一致しなくても良い、ってこと。

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わかりやすい例でいうと、

収入源の90%は不動産で10%が陶芸。

でも、費やす時間は不動産が20%で陶芸が80%。

「全然不動産の仕事をしてないのにめちゃお金くる」し、「陶芸ばっかやってんのに金になってない」を許容しよう、というお話です。

なぜか私は、極端なので

「収入源の100%を詩、費やす時間も100%詩でなければいけない」と思い込んでいました。

そんなことないのにね。

ああ、話が逸れてしまった。

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それで、書くことは好きでも嫌いでもなく、苦痛の少ない習慣です。そして唯一に近い私の表現方法です。

書くことを禁止されたら発狂すると思うので、必要不可欠な生理現象くらいの感覚です。

それを人は「好きなこと」とか呼ぶのだろうか。

好きなことなんて、私には分からないです。いつか分かるのでしょうか。

 

Twitter:田舎暮らしの詩人ななさま(@777nanadayo777

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ABOUTこの記事をかいた人

田舎暮らしの詩人 ななさま

どうぶつの森みたいな暮らしを目指して千葉の金谷に移住した思想家。収入源はライティングとブログ。秋田出身で千葉大学18卒。ヨーロッパで物書きしたい。児童福祉に貢献したい。記事寄稿/被写体します。