お金を稼ごうと思えないのは、お金の使い道を知らないから

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  • 目標を立てるときに「お金の目標」を立てるけど、実際100万円を稼いでも使う用途がない
  • 周りの稼いでる人を見ると、みんな使い道があるように見える(事業を大きくする、外注の人を雇うなど)
  • 周りの稼いでる人は、もともとお金が好きだからそうなったのか、使い道を知っていたから稼げるようになったのか、どちらなのだろう
  • 「絶対にお金は最低限でいい人」「絶対に稼ぎたい、数字好きな人」以外の中間層は、「稼ぐ理由があれば稼ぐけど、理由がなければ稼がない」と思う

お金に関するモヤモヤを書き連ねました。

前提

  • 私が言う「稼いでる人」は、月収100万円前後〜
  • 普通の働き方をして、「毎月コツコツ貯金した結果貯金2000万円です」みたいな人は、ここでは「稼いでる人」と定義しない。それは普通に稼いで貯める人
  • 私は月収20万円でも10万円余る人間で、やりたいことは特にない




普通に生きてたら、お金の使い道を知らない

「義務教育でお金の勉強をしないのはおかしい」と聞くことがある。確かに私もそう思う。←ここで言う「お金の勉強」って、主に税金とか保険とかを指すと思う。「損しないために」「制度の常識を知る」みたいな。

制度の常識を知るのは当たり前だよね、必須だよねという雰囲気は感じるけれど、「稼ぐこと」とか「大きいお金」について学ぶ機運は感じられない。

どうも、親が金持ちでもない限り、中高時代に「大きいお金」を考える機会はない。税金や保険以上に、学ぶ機会がない。

私も「大きいお金」について学んだことはない。だから、お金の使い道を知らない。

やりたいことリストや欲しいものリストを作ったところで、せいぜい「浪費」「旅行」「投資(よく分からないけど。)」「ちょっと貯金?」「美容」くらいの使い道しか出てこない。数百万あれば完結してしまう。なんて欲が薄くて面白みのない人間なんだろう。

だけど、多くの人間の「やりたいことリスト」や「欲しいものリスト」は似通ってると思う。私と大差ない。

たくさんのお金があったところで使い道が無いのだから、全て手に入ってしまうのだから、そりゃたくさん稼ぐ意欲がわかない。

おそらく大きなお金を稼いでる人は、事業を大きくすることにお金を使ったりするのだろう。私には「事業を大きくするため」にどんな風にお金を使うのか分からないけど。外注費とか、機材購入費とか、そんなのに使うのだろうか。多分、半無限にお金を投入する手段を知ってるのだと思う。

一般ピープルの私には、お金の使い道が無い。あっても数百万くらいでネタが尽きる。月収20万円くらいでも十分に満たされてしまうので、もう本当にお金が必要ない感じがする。そんな自分を「つまらん」と感じている。

お金がなくてもいいけど、「なくてもいい」という主張に自信が持てない

性格的にも物欲的にも最低限のお金があれば問題ない人間なのだが、「最低限で問題ない」という自分の主張に自信は持てない。理由は、大きなお金を稼いだ経験がなくて比較対象がないから。あとは、大きなお金を稼いでいる人は声が大きいし、なんか「正解」って感じがするから。

たくさん稼ぐ人が偉いわけでも最低限の人がダメなわけでもないのに、お金の指標が強すぎて、どうもお金がある人は全てにおいて「強くて正しい」雰囲気がある。(そう思ってるのは私の軸がブレブレだからかもしれない。)

稼いでない人間が「稼がなくてもOK」「稼がなくても幸せ」と言うのは、学歴のない人が「学歴なんていらねぇ!」と声高らかに主張するのに似ている。だからと言って、稼いでる人間が「稼がなくても幸せ」と言ったところで「お前は稼いでるだろ!じゃあ稼ぐなよ!」と言われる。

結局人間は自分一人分の人生しか生きられないので、状況を正確に比較することは不可能だ。

そもそも「良い悪い」とか「幸せ不幸」なんて主観だから、比較しようがないんだけど。

「1年間は稼いでみたけど、やっぱりお金はいらなかった。だから月10万円で暮らします」と言えたら、実験成功で主張に自信が持てるのだろうか。でも、お金を持っている生活をしてしまったら失うのが怖くなって、ずっとお金持ちをキープし続けたい衝動に駆られる気がする。

稼ぐことと最低限で暮らすこと、どちらが自分に合っているのか純粋に比較することは難しい。人間は自分一人分の人生しか生きられないから。

本を読んで考えをアップデートさせてみるけれど

最近は「お金を稼ぐ系」の本、「持たない生活系(最低限でOK系)」の本を読むことが多い。

どちらも「なるほど」「だよね」などと思う。基本的には「持たない生活系」の考えに共感する割合が大きいのだけど、それは私の考えというよりは「今現在稼いでないから、共感してるだけ」って感じがする。

もし私が稼ぐ人間になったら、お金を稼ぐ系の考えに対して共感する気がする。

本を読んだところで、今の自分に近い方に共感するだけ。自分がどちらを望んでいるのか、よく分からない。

やりたいことも事業もない人が稼ぐ理由って存在するのか

年末年始だからか、目標を立てる人が多い。あまりお金に執着していない雰囲気の人も「●円稼ぐ」などと書いている。私もそうだ。

だけど、やりたいことも大きくしたい事業もない人が稼いだところで何になるのだろう。ただただお金が増えることに楽しみややりがいを見出せる人は「稼ぐぞ〜」でいいんだろうけど、お金が増えることに楽しみややりがいを見出している人は既に稼いでいる可能性が高い。

「今年は稼ぐぞ」と思ったところで、稼ぐ理由がなければいつもと大差ない気がする。

お金の使い道って本当に少ないと思う。正確にいえば、今の私の状況で想像できる使い方が少ない。

  • 浪費(〜が欲しい、遊びたい)
  • 自己投資(旅、勉強、生活の質が上がるものを買う)
  • 借金返済(マイナスを0に近づける)
  • 貯金(2年間は無職でも生きられるように、など)
  • 投資
  • 事業拡大のための資金

こんなもんかなって思う。

事業拡大のための資金は今の私には想像できないし、貯金も「お金が増える楽しみ」「安心感」を欲していないのであんまりいらないし。浪費や自己投資も、そんなにお金はかからない。派手に遊びたい気持ちもないし。

こんな感じで「使い道が分からないから、稼いでもどうしようもない」という気持ちがある。

やりたいことがあれば別なんだろうけど。

欲しいものが全て買えるようになったら、稼ぐことが面白くなくなる気がする。稼ぐこと自体や数字自体をゲーム感覚で楽しめる人は数%いるだろうけど、ほとんどの人はそうじゃない。

モチベーションに頼って仕事するのは二流感があるけど、「稼ぐ理由」なしに仕事するのはよく分からない。

そんなことを考えてると、借金返済に追われつつ、日常生活に追われつつ生きてる人が一番幸せというか、稼ぐ意味が自動的に発生するので暇にならないよなぁとか思う。返済に追われてる人に↑のことを言ったら「何を呑気な…」と言われるかもしれないけど。

浅はかな言葉だけど、お金と人間の心理・欲求について気になる。自己実現にも近いのかな。

とにかくお金、仕事、欲求、自己実現まわりのことがよく分からなくなってくる。「しょぼいのに不満もやりたいこともない現状」に飽きている。

この状況を打破したい気持ちと、別に打破したいという欲求も大きくないなぁという気持ちが、両方存在している。

 

と、ここまで書いて思うのは「全ては経験不足だから」ってこと。個人で生きる以上、自分から何かを求めなければ成長する機会がない。欲求を見つける機会もない。偶然の出会いが少ない。

個人で生きるには稼ぐスキルや勉強し続ける態度が大切なのは当たり前なのだけど、やっぱり進んでいく意思が無いと厳しいんだろうなって思う。進んでいく意思が途切れがちな人は、会社でも組織でも何でもいいから「とりあえずの道を示してくれる何か」を見つけた方がいい。

地図にない山道を歩くのは、けっこう疲れる。初めは冒険みたいで楽しくても、毎日冒険したい人はほとんどいないはず。そのくせ引き返すのも億劫なので、よく分からない道を歩きがち。

自分は山が好きなのか、一瞬の冒険が好きなのか、結局街が好きなのか、今年も考え続ける。

 

矛盾や定義不足が多い文章ですが、最後まで読んでくださってありがとうございます。

Twitter:ななさま(@777nanadayo777




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ABOUTこの記事をかいた人

田舎暮らしの詩人 ななさま

どうぶつの森みたいな暮らしを目指して千葉の金谷に移住した思想家。収入源はライティングとブログ。秋田出身で千葉大学18卒。ヨーロッパで物書きしたい。児童福祉に貢献したい。記事寄稿/被写体します。