「かわいい」と言われなくなった

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最近「かわいい」と言われなくなった。

3歳くらいから23歳くらいまで、ずっとモテて生きてきたから、けっこうな異世界。

顔自体がかわいいかと言われれば普通くらいだけど、キャラクター含めて「かわいいと言われるキャラ(正確にはかわいいと言わなきゃいけないキャラ)」だったと思う。なんか、態度が偉そうなんだと思う。

「かわいい」と結婚

かわいいと言われなくなったタイミングと、結婚を決めたタイミングが同じであることに何かヒントが隠れている気がする。

結婚が決まった女の人は、性的な対象から外れる。少なくとも、外す人が多い。道徳的にアウトだから。

私は結婚すると決めた瞬間から、周りに「結婚する」と宣言していた。だから下心で近づいてくる男の人がいなくなったと思う。

だけどそれ以上に、「私自身がメスオーラを出さなくなった」んじゃないかと思う。昔はそれなりにモテていたけど、なぜモテるかと言えば「ある程度こちらもメスオーラを出していたから」「(半分無意識でも、)男の人に媚びを売る態度だったから」「かわいいと思われる容姿を目指していたから」。

「かわいい」と言わしめるのは、自分自身の態度の影響が大きい気がする。

モテたいと意識はしてなかったけど、

モテる→自分は女として見られている→女として見られる格好をしなければいけない

みたいな感じで、「かわいいはずの自分の態度」を作り上げていたかもしれない。それが3歳から23歳までの20年間続いていたわけだから、もう体に染み込んでいる。かわいいと言われてきた自分が、体に染み込んでいる。

最近は結婚したし、そもそも新しい出会いもないし、自分のメス要素が消えてるので「かわいい」と言われない。

かわいいと言われないことについて、たまに物足りなさを感じる。物足りなさと言っても「かわいいって言われたいな」ってわけじゃなく、「もう少し容姿を気にしたいな〜」って感じ。少しくらい化粧して、おしゃれしたいなぁと思うことがある。

「かわいい」と言われると、「かわいいって言われた。かわいくしなきゃ」って意識がわいてくる。

トイレの張り紙と同じ。「いつも綺麗にご使用いただきありがとうございます」って言われると、「綺麗に使わなきゃ」って思う。あれと同じ。

「かわいい」って言われると、かわいくいなきゃって思う。

「かわいい」は自分の意識

最近は「かわいい」って言われないので、かわいくいようって意識が無くなる。そして実際にどんどんかわいくなくなっていく。気がする。分からないけど。

だから何って話なのだけど。異性として見られることが減った今だからこそ、自分の基準で「自分なりのかわいさ」を追い求められるはず。

年上にモテる時は、自然と「年上からかわいいと言われる態度」をしていた気がする。

年下の男の子を好きになった時は、年下に好かれそうな態度をしていた気がする。

要は「他人目線でのかわいさ」や「好かれる感じ」を意識していた。(ほぼ無意識だけど。)

そういった「他人の基準」が薄まった今だからこそ、自分の好きなかわいさを追い求められる気がする。

自分の中から「恋愛」という大きな要素が消えたからこそ、キャパが広い状態。こんな空っぽな状態は珍しい。

今やりたいことが見つからないのは、自分の中にあった「恋愛のモヤモヤ」が解消されて、急にキャパが広がったから、かもしれない。

結婚によって自分のキャパが広がったので、自分基準で物事を考えたい。

かわいいと言われないことは、別に気にすることじゃないし、気にしてない。ただ、自分の基準で物事を作っていきたい。まだまだ空っぽだけど。

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ABOUTこの記事をかいた人

田舎暮らしの詩人 ななさま

どうぶつの森みたいな暮らしを目指して千葉の金谷に移住した思想家。収入源はライティングとブログ。秋田出身で千葉大学18卒。ヨーロッパで物書きしたい。児童福祉に貢献したい。記事寄稿/被写体します。