人と関わって思う、自分の文章の立ち位置

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普段は一人で仕事してるけど、いなフリでは色々な人と関わりながら仕事をしている。メンター講師はもちろん、受講生から教えてもらったり気づかされることも多い。

今回のメンター講師は興味深い人ばかりだ。その人自体が興味深いってのもあるし、「自分」を考えるための反射板になる人ばかりだ。

池ちゃんは、「どんな人のもとでなら働けるか?」を考えるきっかけになってくれる。池ちゃんの指示は分かりやすいので、とても動きやすい。的確な指示を出してくれる上に嫌な気持ちにならないように言葉の距離感を調整してくれるので「すごいなぁ」と思う。

また、数字で表現することの大切さを教えてくれる。わたしは普段、数字や目標にこだわらない人間だ。こだわらなくても死なないし、あまり馴染まないからだと思う。

だけど、誰かと情報共有するには数字は分かりやすくて役に立つ。自分が上手くいかない時も、数字にすると意外と楽になることもある。

全然違う人間だけど、だからこそ脳みそを拝借できてありがたい。

イカさんは、誰も思いつかないような発想を持ってきてくれるから、話しているとアイディアがわく。自分がやりたかったことや、意外な強みを発見できる。占い師みたいに、定期的に話に行くといい精神状態でいられる気がする。

江川さんは、超絶優しい&分かりやすい文章を書くプロだと思った。単純に結構年上だったりライター歴が長かったり、ってのもあるけれど、「そういう人なんだ」と思った。たぶん相手がいるときの方が輝く人だし、文章で伝えるのが上手だ。

ヌイちゃんは、届けるのが上手だと思った。ブログを読んでいると分かるけど、相手に届く優しい(でもスッキリした)文章を書く人だ。文学とは全く違うけど、有益さを前面に押し出したわけでもない、心に直接届く役に立つ文章って感じがした。

ああ、それがライターやブログを書く人種だよなぁと思った。

活発な人や文章を書く人と接する中で、自分のことに少しずつ気づいた。

文章を書くのは好きだけど、ライターじゃない。

長くライターをしている人やライティングを始めた受講生を見て思うのは、わたしはライターではない、ということ。確かに文章を書くのは好きというか癖だけど、ライターではない。

人に届ける意識で文章を書くのが、全然好きじゃない。得意じゃない。面白くない。やる気が出ない。

わたしが書きたい文章は、あくまでも個人的で、どこにも出るはずのない主観的な文章。意味のわからない現象を、自分にも意味がわからないまま表現して、意図しない場所に届いてしまって、拾われて、意図しない勝手な解釈をされて、顔の見えない誰かに染み込む、そんな文章を書いていたい。

個性とか唯一無二とか言うと偉そうだけど、自分でしかない役に立たない文章を書きたい。他意のない、目的のない、生まれてしまっただけの文章。自然発生的に生まれてしまった、戦略もない、構成もない、ターゲットやペルソナのいない文章。そういうのが好きだし、そういうのしか自分が書く価値を感じない。

人に届ける文章は上手な人が他にいる。わたしがやらなくたって、上手な人がたくさんいる。楽しくできる人がたくさんいる。

わたしが、やりたくないことを、あえてする必要はないんだ。当たり前だけど。

人に届ける文章が上手な人と同じフィールドに立って「わたしは下手くそだな〜」と思うのはアホらしい。

やりたくないことをやってる限り、「やりたくてやってる人」と戦って、だいたい負けることになる。たぶん勝っても嬉しくないし。

自分の文章の立ち位置を改めて認識できた。1年前はわかってたことなのに、いろんなことをしちゃって、お金がなくなったり手に入ったりして、よく分からなくなってたね。

無益で誰の役にも立たない文章を生成しよう。誰にも届かない気持ちで書いたものを拾った誰かが、少し、何か、わたしの意図しない気持ちを感じてくれたらいい。




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ABOUTこの記事をかいた人

思想家 ななさま

【秋田生まれの思想家/詩人】2069年の世界からタイムスリップしてきました/綺麗だけど役立たないもの、本当のことを探してる/物書きしながら田舎暮らし中/社会の隙間で生きている/発達障害グレー/千葉大学卒/雲の上で暮らしたい/エスペラント語勉強中