正しいかは分からないけど、自然な状態でありたい

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正しいか正しくないか、良いか悪いか、好きか嫌いか、よく分からないことばかり。わたしだって自分が何を考えてるのか分からなくなるし、変わったりもする。(リズムの問題で、あえて たり を一つにしてる。)

そのなかで大切にしたい気持ちは、なるべく自然な状態でいたい、って気持ち。

大切にできてるかは分からないけど、大切にしたいとは思ってる。

自然な状態ってなんだろうね、難しい。

だから反対に、不自然な状態を考えてみる。

  • 嫌いな人と一緒にいること
  • 体調が悪くなる習慣を続けること
  • タイマーやアラームに縛られること
  • 外に出ないこと
  • 人工的な食べ物を食べること
  • つまらないのに笑うこと
  • 頻繁に飛行機を使うこと
  • 配偶者がいるのに見た目にこだわりすぎること
  • 昔は無かったものにお金を使うこと(生命保険とか)
  • 仲介業者にお金をわたすこと

ぱっと思い付くのはこんな感じ。

本当に本当に自然状態を求めると、服なし、家なし、スマホなし、とかになっちゃうんだけど、それはかえって「現代においては不自然」になるので、自然状態ではないんだよね。

現代において自然だけど、常識は疑う、みたいな微妙な立ち位置。わたし。

ヒッピー系でもないし、原始に寄ってるわけでもないし、完全な自給自足でもないし、パーマカルチャーとかもそんなに興味ないし、田舎のコミュニティにも興味ないし、民俗学とかも違う。

自分の分類がいまいち分からない。もちろん「丁寧な暮らしキラキラ」でもないし。

ひたすら自分なりの自然状態を求めてる、自分大好きな現代人。達観したふりをすることもあるけど、ジャニーズ好きだしただの24歳の若者。

自然な状態でありたい。でも、自然な状態を求めて「努力」し始めたら、それはわたしにとって不自然に分類される。

能動的なうちは自然じゃない気がする。受け入れるだけの人生の方が自然ではある。受動的な人間は、地球と一体化してるからこそ受動的なんだと思う。

だから、なるべくストレス源(ストレッサー)を排除して、時間の余裕を持ちつつ、心の声と外の音に耳を傾けている。

うぐいすの鳴き声を一時間聴いてしまうような退屈な日々でいいと思う。

忙しいのは、畑だけでいいと思う。

それ以外の忙しいことは、本来なくてもいいのに、人間が勝手に忙しくしてるだけ。

文明を否定するわけではないけれど、文明に踊らされるのは滑稽な人間だ。

自分の中の自然状態を把握して、いまどれくらいズレてるのか認識することが、平和に生きるための第一歩だ。

今すぐ生活を変える必要はないけれど、自分を把握して、適切に受容しなければ、戻れないところまで不自然になってしまう。




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ABOUTこの記事をかいた人

思想家 ななさま

【秋田生まれの思想家/詩人】2069年の世界からタイムスリップしてきました/綺麗だけど役立たないもの、本当のことを探してる/物書きしながら田舎暮らし中/社会の隙間で生きている/発達障害グレー/千葉大学卒/雲の上で暮らしたい/エスペラント語勉強中