こんなに自分に甘いままでいいのだろうか/人に迷惑をかけることを過剰に恐れている

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自分に甘いことについて。

私は、ありのままの自分を受け入れるのが上手だ。自分を責めないし、ダメな部分はあまり気にしない。良い部分を探して、受け入れて、調子の悪い時は「自然に身を任せよう〜」スタイル。

だけど、これじゃあ成長しない。

あれ、でも成長って必要なんだっけ。なんで成長って必要なんだっけ、成長しなきゃ死ぬわけでもないし。そもそも成長ってなんだ?

自然の流れに逆らって自己管理をしてスキルアップすることが成長だとしたら、それはとても不自然なことだ。

成長は、自然の流れの中にあってほしい。

だとしたら「頑張ること」とか「努力」って、全部不自然だから、よくないことなのか?などなどなどなど。

「受け入れる」と「成長する」を共存させるのって難しい。自分を受け入れると、全てを肯定しがちだ。反省や改善の面が薄れていく。

だけど「成長」に重きをおくと、自己管理で不自然な自分の状態になってる気がして、なんだかモヤモヤする。

自分に甘いままでいいんだろうか。期間を決めて「人並みに頑張る」をするべきなんだろうか。

めちゃめちゃ頑張りたいことに出会ったら、そんなの考える暇もないくらい頑張るんだろうけど。出会ってない今、どの辺にいるべきなのか、謎である。

人への迷惑について。

私は人に迷惑をかけることを過剰に恐れている。例えば、ごはんの約束を取り付けるだけでも恐れている。「この日は本当はゆっくりしたいんじゃないか」「食べ物はこれでいいのか」「何時間喋るのが適切なのか」など。

少しでもイメージの時間と違ったら迷惑だよなと思ってしまうので、自分で勝手に疲れる。聞けばいいんだけど、変なところでTHE日本人を発揮するので、聞けないことも多い。

そういうよくわからないゴチャゴチャを考えてるうちに、「だったらいっそ、人と関わらなくていいや」ってなる。

勝手に人に迷惑をかけてるつもりになって、勝手に人との関わりを断つ。迷惑をかけること以上に迷惑な気がする。

人には「気を使わないでくれ〜」って思うくせに、自分は意味のない場所で気を使ってしまう。何の役にも立たないことを察して、勝手に落ち込んだりする。

とても意味がない。

人に迷惑をかけることを平気でできる人間、きっと強い。

自分は外すべきストッパーを取り付けたまま、大人になってしまった気がするよ。

もっと自然に人間と関わりたい。




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ABOUTこの記事をかいた人

思想家 ななさま

【秋田生まれの思想家/詩人】2069年の世界からタイムスリップしてきました/綺麗だけど役立たないもの、本当のことを探してる/物書きしながら田舎暮らし中/社会の隙間で生きている/発達障害グレー/千葉大学卒/雲の上で暮らしたい/エスペラント語勉強中