わたしは非常識で申し訳ない。でも、自然をつきつめて社会から外れて生きたら人間はどうなるか実験したい気持ちもある。

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わたしは非常識だ。本気で空気を読めないわけではないとおもうけど、空気を読む気がないというか、放棄してるというか、世の中の様々な現象に気づいてるのに気付かないふりをしているというか、なんというか、とにかく自分に都合のいいように生きている。

責任感や人への感謝を伝える機会も少なく、人間関係をおろそかにしている。

それは一般的には良くないことだ。明らかに良くないことだ。通例として良くないことだ。

それでもわたしにとって何が良くて何が良くないかは分からない。

たとえ心理学の実験や何かの大きなデータで裏付けされてると言われたって、わたしなりの微妙な温度感覚や心地よさ、正解みたいなものはわたしにしか分からない。

なんでもないただの若者が「未熟な自分の感覚」を信じたところで何になる?

たいていのことは理論があるし、成功方法だってある程度の型があるし、まぁ「分かりやすい道」はとりあえずかたまってる。

そのなかで「なんでもない自分」をわざわざ出すことに何の意味があるのだろうか。

ない。ないんだよ。

でもね、ノイズをシャットアウトした人間が何を考えて何に面白さを見出だすのかは気になるよ。

自分を「出来る限りの自然状態」にしたとき、何を考えるのか興味がある。

非常識というのはつまり、画一化された社会というものがインストールされてない状態。自然状態に近いと思ってる。

自然に近いなら、それ、けっこういいじゃんって思う。

非常識ゆえに他人に迷惑をかけるのは嫌なので、迷惑をかけそうな場面では一時的に社会をインストールする(ON)けれど、基本的にはどこまでもOFFでいたいところだ。

ありのまま自分なんていうと安っぽいけど、自然状態のままの自分を大事にするのは、少なくとも悪いことではない。

こんな風に、何の意味もないことを考えている。これは立派でもないし、きちんと何かを学んだわけでも、先人を尊く思ってるわけでもない。ただ、自分がこの世界に、いすわってる。それの世話をしてる。

死ななければとりあえずお釣りがくる。死なない程度に生きていこう




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ABOUTこの記事をかいた人

思想家 ななさま

【秋田生まれの思想家/詩人】2069年の世界からタイムスリップしてきました/綺麗だけど役立たないもの、本当のことを探してる/物書きしながら田舎暮らし中/社会の隙間で生きている/発達障害グレー/千葉大学卒/雲の上で暮らしたい/エスペラント語勉強中