すべては無駄、すべては意味がない、ということを忘れるから辛くなる。

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「無駄と思っても何も変わらないので目の前の出来ることを頑張るべき」って考えの人もいると思うけど、わたしは基本的に厭世主義的なので、「世界のすべては無駄」みたいな考えを根底に生きている。

すべては無駄だから、別に気合いをいれて頑張る必要はない。頑張りたかったら頑張ればいいけど、頑張りたくないときも頑張る必要はない。不自然なことはしなくていい。

どれだけ最悪なことがあってもなかなか死なないし、死んだとしたら気持ちがなくなるし、最悪な事態なんて考えなくていい。今生きてるなら生きている、ただそれだけ、おわり。

何かしなきゃと思うから辛くなる。幸福で一般的に見える他人と比べるから辛くなる。

「なにもしなくていいんだよ」
「人と比べなくていいんだよ」とは言うものの(そして言われるものの)

「それができたら苦労しないんだよ」と返したくなる。

「気にしなくていいよ」といわれたって、気になるものは気になる。自動的にそうなる。気にしなくていいことを知っているのに、それでもできないから困ってるのだ。だから大抵の場合、他人のアドバイスは役に立たない。

スキル面でのアドバイスは役に立つけど、考え方についてのアドバイスはまず役に立たない。自分よりも自分のことを知ってる人はいないし、自分の知らない自分について指摘されても、そもそも認識できないし。

自分よりも自分のことを知ってる人なんていない。もらうアドバイスは、いくらありがたくても、自分が三年くらい前に気付いていたことだったりする。

どうしようもない気持ちをかかえて生きていくしかないのだろう。

たくさん考えてるから怠惰とは言わないでほしいけど、だからって勤勉でもない。端から見たら、口だけの人。脳みそだけの人。

でも、それが悪いこととは限らない。それが自分にとっての普通なら、自然なら、そのままの状態で命を延長させたら十分だよ。

日本語って正しく使わなきゃいけないんだっけ。人への返信はすぐにしなきゃだめなんだっけ。

生まれることすら自分で決められなかったのだから、もう流れに身を任せて生きていくしかないんだよ。(生きることには、死ぬことも含めてる。)

こんなことを考えてもお金は増えないし、自分は救われないし、他人の役にも立たない。

役に立たないものを、「いつか誰かの役に立ちますように」とか「共感されたい」とすら思わずに、淡々と思っていよう。優しくはない人間。冷たくもなりたくない。とりあえず生きるまでである。




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ABOUTこの記事をかいた人

思想家 ななさま

【秋田生まれの思想家/詩人】2069年の世界からタイムスリップしてきました/綺麗だけど役立たないもの、本当のことを探してる/物書きしながら田舎暮らし中/社会の隙間で生きている/発達障害グレー/千葉大学卒/雲の上で暮らしたい/エスペラント語勉強中