「しないではいられないこと」

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最近とてもむなしい。

心が全然埋まっていない。

足りていない。

家族も元気で、パートナーとも仲が良くて、お金に不自由なく、人間関係のストレスもないのに。

旅行にも好きなだけ行けるのに。

普通に考えたらとても恵まれているのに、それでも虚しい気持ちになってしまうのは、「しないではいられないこと」をしていないからだ。

 

「ん?どういうこと?」と思われるかもしれない。興味がなさそうだったら戻ってOKです。

 

 

「しないではいられないこと」と言えば、宮沢賢治の「学者アラムハラドの見た着物」の中のやりとりを思い出す。

先生っぽい人が「人間がしないではいられないことは何だと思いますか?」と聞く。

生徒は「歩かないではいられないと思います。」

「言わずにはいられないと思います。」

「本当に良いこととは何かを考えずにはいられないと思います。」

などと答えていく。

仏教の問答みたい。

 

 

私は楽な生活をしばらく続けてきて、自分なりの「しないではいられないこと」の答えが見つかった。

それは、「目の前の人の役に立っていることを、実感すること」。

「目の前の人の役に立っている」と実感できないと、生きててもむなしい。

満足にお金を稼げても、ストレスがなくても、わがままに生きても、もてはやされても、近くの誰かの役に立ったり、困ってる人を助けたりしないと、むなしい気持ちがゆるやかに続く。

 

 

(ものすごくやりたいことがある人や、メンタルが異常に強靭な人は、当てはまらないかもしれないけど。)

 

 

やりたいことはそれなりで、人間として普通の感覚を持ってる場合、そして弱い人ほど「人の役に立ってる実感」を感じられないとキツイと思う。

「無理」「悲しい」「辛い」までいかなくとも、「充実しない感じ」「むなしさ」は感じると思う。

 

 

ずっと保健室の先生を目指してきたり、児童相談所で働いたりしてただけあって、やっぱり目の前の人の役に立ちたい気持ちが強い気がしている。

それは誰かを助けたいっていう善の気持ちではなく、「それをしないではいられない自分」を中心とした、少し自己中心な気持ちだ。

 

 

WEB系フリーランスは私にとって、負担が少なくて稼ぎやすい。リモートワークばかりで楽。ストレスもない。自由にやれる。新卒で働いてる同い年の友達よりは稼げてるとも思う。だけど、誤魔化せないくらいむなしさが積み重なっている。

 

 

都会に引っ越したら、WEBの仕事を続けつつ、子どもに関わる仕事を少しずつ始めようと思う。

違うと思ったらまた、楽なWEBの仕事をメインにしたらいいだけの話。

楽に生活費を稼げる手段を知っているのは、これはとっても強みだと思ってる。

 

 

子どもと関わることでしか得られない幸せな感覚が、わたしは好きだ。

役に立ててるかは分からないけど、直接「ありがとう」って言われる環境や、ニコニコしてる人をたくさんみられる環境、いやでも人と関わらなきゃいけない環境はわたしの精神の充実には欠かせない。

 

 

去年の5月、教員を辞めてブロガーを志望する人がいなフリに参加していた。

その人は数ヶ月後、また教員の世界に戻っていった。

私は彼の感覚を全て分かるわけじゃないけど、なんとなく分かる。

対人援助職に慣れている人が、パソコンに向かってカタカタ仕事するのは、楽かもしれないけどむなしいと思う。

 

 

「リモートでWEB系の仕事」から「企業でWEB系の仕事」に移行すれば、少しはむなしさが解消されるような気もしてたけど、いや、違うなって思う。

子どものいる環境で、数字で答えが見えないようなことを、ああでもないこうでもないって、職員みんなで言いたい。

 

 

私は基本的に無いものねだりで、隣の芝生が青い人間だ。

だから実際に子どもに関わる仕事をしたら、「WEBフリーランスの方が良かった〜〜〜〜〜」とか言うのかもしれない。

 

 

でも、今の楽な生活が何歳まで続くんだろう。と考えると怖くなる。

どこかで稼げなくなること、失職すること、やらかして裁判になることが怖いんじゃない。

ストレスのない、人間として何も成長しない楽な状態が続いてしまうことが怖い。

続く方が怖い。

挫折して稼げなくなるなら、まだいい。新しいことをするチャンスがくるのだから。

この楽なだけの生活が続く方が怖い。

 

 

このままの感じで60歳になったとき、「過去に戻って操作できますよ」って言われたら、WEB系フリーランスを続ける道を選ぶだろうか?

絶対に選ばない。

向いてるかは分からないけど、子どもと関わる仕事に挑戦する。

未来から過去(←ここでの過去は、つまり現在のこと)を振り返ると、自分が何を選びたがっているか明確になる。

向いてないとしても、子どもと関わる仕事がしたい。

 

 

でも、WEB系フリーランスをやっているのは無駄じゃない。

教員以外の働き方を経験してる教員って少ないから貴重だし、ある程度パソコンをいじれるのも貴重だし、心が辛くなったらフリーランスという逃げ道があることを知ってるのも強みだし。

学校を卒業して、ストレートで教員になる人が多いので、私みたいな変人は貴重だと思う。

(教員になると決めたわけじゃないけどね。)

 

 

自分を突き詰めるのって、実は難しい。

スポーツ選手の「選手としての寿命」が短いのは、体力的な問題だけじゃなく、「何年も自分を突き詰め続けるのが難しいから」だと思ってる。(知らんけどね。)

どれだけ自分大好きな人間でも、他人を反射板にしないと自分のことなんて理解できない。

 

 

25歳という若さでむなしさや人生の退屈さを思いっきり感じたのはいいことだと思ってる。

多分、多くの同世代は忙しくて、そんなこと考えてないから。

多分、多くは「仕事頑張ろう」の方向or「早く自由になりたい」「楽したい」の方向のどちらかを向いてるはず。

25歳で「人生が暇すぎる、時間もお金も余っている」と実感を持って感じている人は、少数派だと思う。

リタイアした老後に感じる気持ちを、25歳ですでに感じてしまったような。

 

 

早いうちに大事な感覚を掴んだ気がするので、お金でも自由でもわがままでもない、「しないではいられないこと」をしていきたい。

 

 

向いてないかもしれないけど、向いてない人がやることによって、救われる人もいるはずだ。

児童相談所でバイトしてる頃、スポーツの時間があった。

私は死ぬほど球技が苦手だ。

でも、子どもに混じってドッジボールに参加していた。

審判をやってもいいのに、参加していた。

なぜ参加していたかと言うと、球技が下手くそな私が参加することで、球技が苦手で遠慮してる子どもが「先生下手くそだけど、ドッジボールしてる。私も下手くそだけど、参加しようかな」って思ってくれるかも と感じたから。

下手くそでもやっていいんだよってことを、スポーツが得意な子どもにも、スポーツが苦手な子どもにも、感じてほしかった。(エゴだし、想いが伝わったかは不明)

向いてないことをやるからこそ、誰かが救われたり、変化したり、そういう時もある。

向いてなくても、ふざけなければ、人が傷つかなければ、挑戦していいんだと思う。

 

 

何が言いたいのかまとまらないけど、新卒でフリーランスをやってみて良かったと思う。

自分を俯瞰して見ると、人生でなるべく多くの充実感を得るための、一番の近道をしている気がする。

ちょっとした遠回りが、一番の近道。みたいな感じ。

都会に引っ越したら、まずは子どもと関わる非常勤の仕事を探そう。

WEB系以外の仕事が選択肢に入ってきて、気が楽になった。

 

辛くなったりむなしくなったりしたときは、「自分がいかに狭い世界で進路を考えているか」を実感したら楽になる。

仕事はWEB系だけじゃない。

資格や今まで積み上げた経験を生かさなきゃいけないわけでもない。

全部捨ててワーホリに行ってもいい。

半年間、実家に引きこもってもいい。

今ある仕事を全部放棄しても、人は死なないだろう。

本当に今日中にやらなきゃいけない仕事って、あるの?

代わりの人はいくらでもいる。

他人から見た自分の価値じゃなくて、自分にとっての「しないではいられないこと」を中心に、生活していきたい。

そしたら生活が少しはマシになるはずだ。

 

これを読んでくれたあなたの「しないではいられないこと」は何ですか

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ABOUTこの記事をかいた人

思想家 ななさま

【秋田生まれの思想家/詩人】2069年の世界からタイムスリップしてきました/綺麗だけど役立たないもの、本当のことを探してる/物書きしながら田舎暮らし中/社会の隙間で生きている/発達障害グレー/千葉大学卒/雲の上で暮らしたい/エスペラント語勉強中